COLUMN
2016.12.13

仕事でつぶれそうな人へ。過労で退職した私たちが考える、「逃げる」ことの意味【はせおやさい×ニャート】

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長時間労働やパワハラ・仕事の重圧につぶされそうになりながらも耐えている人。「世間はそんなに甘くない」「もっと頑張らないと」という言葉で自分自身を縛り付けている人。プライドが高く、「逃げる」ことを恥ずかしいことだと思っている人。

そんな人々に向けて、今回、「逃げること」について、過労によって退職を経験した2人の女性ブロガーに自身の体験を交えながら語ってもらいました。

ブログ「インターネットの備忘録」「サイボウズ式」コラムで、マネジメントの心得や仕事術、自身の生き様を執筆。共感を呼ぶ文章で知られる、会社員兼ブロガーのはせおやさいさん。

ブログ「ニャート」「BLOGOS」で、現代社会の“弱者”に寄り添ったオピニオンを発信。派遣社員として働きながら、生きづらい人々の新しい生き方を模索しているニャートさん。

退職する前は自分を責めてばかりいたという2人が、逃げた先に見た景色とはいったい何だったのでしょうか。

hase0831(はせ おやさい)
hase-240
会社員 兼 ブロガー。
好きなものはお酒と読書とインターネット。本業ではWeb業界のベンチャーをうろうろしています。
ブログ『インターネットの備忘録』を中心に活動。
「サイボウズ式」にてブロガーズコラム連載中です。

ニャート
nya
元編集者。
過労で退職→引きこもり→派遣社員の人生経験をもとに、主に労働関係についてブログ「ニャート」(旧「一橋を出てニートになりました」)を書いています。

BLOGOSのライターです。

スタバで折れた心

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アポの合間にコーヒーを飲んでたら涙が出て止まらなくなった(はせおやさい)

あるとき、恥ずかしいことに、業務量のコントロールができなくなった(ニャート)

 

はせおやさい:私は当時、すごく小さい会社で「自分がいなかったら会社が回らない!」みたいな感じで働いていました。土日も休めないし、毎日深夜まで働いて、2時とか3時にタクシーで帰って…それでも全然求められていることに対応しきれなくて。すごくプレッシャーを感じていました。

で、ある日、虎ノ門だったかのスターバックスで、アポの合間にコーヒーを飲んでたら涙が出て止まらなくなったんです。「あ、もうこれダメだ」と思いました。その後、業務調整の交渉をしたものの、しばらく無理を続けて、結局は倒れる、という感じです。

ニャート:それはきつかったですね……。

はせおやさい:なので、意思をもって逃げたというよりは、まず身体がダメになって、治療のために強制的に距離を置いたら「逃げなきゃ!」と冷静になれた、というか……「洗脳が解けた」みたいな感じでした。それで「もう何を言われても会社には行かないし、ここから逃げよう!」と決意できたんです。

あとは、当時は結婚していたのでわたしの働き方を見ていた夫から「その会社はおかしいよ」と再三指摘されて、ハッと冷静になれたのも大きかったかな。なので第三者の存在というのも大事なんだな〜と思います。

ニャート:私は、実は過労で倒れた時のことは、まだブログに書いていません。何年もたつのに自分の中で整理できていなくて。

過労で倒れる前、私は出版社で働いていました。建物は21時に閉まりますが、それでは仕事が終わらないので、大抵みんな仕事を持ち帰って家でやっていました。

はせおやさい:大変でしたね……。でも、よく見られる光景でもありますね。

ニャート:私は要領が悪いこともあって、土日もGWも夏休みも冬休みも働いていましたね。それでも若かったから何年かはやってこれたんですけど、サブリーダーになったことと、それまでの業務に加えて、遠出が多くなる未経験の業務を振られた時期に、恥ずかしいんですけど業務量のコントロールができなくなって。

はせさんと一緒で、私が倒れたときも、スタバのコーヒーを飲んだ後なんですよ、奇遇ですね。

はせおやさい:そうだったんですか!なんとなく気持ちがゆるむんですかね……。

ニャート:夕方、外出先から帰ってきて、スタバで持ち帰りのコーヒーを買って、社に帰って飲んで、しばらくして気持ち悪くなって。生まれて初めて、パニック障害の発作が起きたんですね。

パニック障害って、カフェインを取らないほうがいいんですよ。だから、あの時スタバでコーヒーを買ったことを、その後ずっと後悔し続けました。

自分を追い詰める「自分」

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すぐ自己否定しちゃう。「こんなレベルで『できた』なんて思ってたらダサい」「もっとやれる」って(はせおやさい)

自分の中に住んでいる“ミニ世間体”が「こんなんじゃ恥ずかしい」っていつも言っていた(ニャート)

 

はせおやさい:お話をしてみて、ニャートさんとわたしのマインドって、けっこう近いのかなと思いました。たとえば「業務量のコントロールができなくなった」のを「恥ずかしいこと」だと表現されたところとか。

「このくらい、ちゃんとコントロールしなきゃ」って自分を追い詰めちゃうんですよね。できない自分が恥ずかしい、かっこ悪い、と思っちゃう。

ニャート:思います! だから逃げるのが遅れてしまうんですよね。

はせおやさい:ですよね!だから、自分がいちばん自分を甘やかさないとダメだな!って最近は思います。

わたし、めちゃくちゃプライドが高いのと、完璧主義なんですね。あと、すっごく「褒められたがり」なので、目標をすごく高い位置に置きたくなっちゃうんです。

それっていい面もあって、努力とか実務遂行を支えてくれる原動力になる。でも、そういう気質の人に「自分を責め始めるスイッチ」が入ると、すっごくつらいです。すぐ自己否定しちゃうんですよ。「こんなレベルで『できた』なんて思ってたらダサい」「もっとやれる」って。

ニャート:そうですよね。自分が自分に一番厳しいんです。自分の中に、世間の価値観を凝縮したような「ミニ世間体」が住んでいて、その人が「こんなんじゃ恥ずかしい」っていつも言ってました。

生きてるだけでいい

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誰かや何かの役に立ってなくても、わたしは生きているだけで、それでいいんだ(はせおやさい)

本当に立ち直りたかったら、嫌でも、「何もできない情けない自分」を受け入れるしかない(ニャート)

 

はせおやさい:わたしが逃げた直後は、まずひたすら引きこもって心身の回復に努めたのですが、その時期は本当につらかったです。

元来が「役に立ちたい」「褒められたい」という欲が強い人間なので、「ただ寝て療養している」という状況そのものが、つらいんですよ。でも療養しないことには全然身体が動かないし、でも寝ているだけの自分は役立たずになったようでつらくて苦しいし、もうどうにもならなくて、毎日「こんなのは生き地獄だ」と思ってました。

ただそこで、「誰かや何かの役に立ってなくても、わたしは生きているだけで、それでいいんだ」と思えるように価値観を変えていって、それがうまくいってからはスッと社会復帰できるようになりました。で、今もその価値観をキープしているので、すごーーく生きやすいですね。なんというか、回復のプロセスを通過することで自己肯定感を手に入れた、という感じです。

ニャート:「生きてるだけでいい」という考え方はすごく大事ですね。私は、出版社を辞めた後は、パニック障害のため引きこもりになっていました。パニック障害になると、できることの基準がすごく低くなるんですよね。まず外に出られないし、やっと出られるようになっても、電車に乗ったりとか、他の人が普通にできることが全くできなくなるので、自責の念はひどくなりますね。「こんなこともできない自分」みたいに。

はせおやさい:うんうん。自責の念、わたしもすごかったです。

ニャート:でも、できないものはできない。だから、現実を受け止めて、できない自分を受け入れて、以前は当たり前にできたことを再び一つ一つトライしていく。そのように、「できない自分」を受け止めた後は、もう倒れる前とは全くちがう自分ですね。

プライドが高くても、いまの自分は本当に何にもできません。それを嘆いていても、回復はしません。「過去の自分に戻りたい」と思っても、過去に戻れるわけではない。だから、本当に立ち直りたかったら、嫌でも「何もできない情けない自分」を受け入れるしかないんですね。これから道を切り開いていきたいなら、レールを外れたいまの自分を受け入れて、新しい道を探していくしかない。

さっき、自分を追いつめる「ミニ世間体」の話をしましたが、ブログを始めてからは、「ミニ世間体」はあまり出てこなくなりました。

レールから外れた自分でも

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世間体にとらわれないで、自分が心の底からやりたいこと・できそうなことを見つけた。もしかしたら今、自分は自分らしく生きているのかもしれない(ニャート)

“レールから外れた自分”を肯定できるのって、「外れてる自分でも、ちゃんと何かの役に立てる」って思えたからじゃないかな(はせおやさい)

 

はせおやさい:「ミニ世間体」が出てこなくなったのはどうして?

ニャート:私はレールを外れましたが、ブログを書くことで、いろんな方からtwitterなどで感想をもらえたりします。リアルな世界では知り合えない人たちとつながって、境遇が近い人や面白いアイディアを持つ人もたくさんいて、「こうしたら社会はよくなるかも」といったアイディアを話し合う。「レールは外れたけど、まだ自分の意見を生かせそうな場があったんだ」と思えるようになりました。

世間体にとらわれないで、自分が心の底からやりたいこと・できそうなことを見つけた。もしかしたら今、自分は自分らしく生きているのかもしれない、と。なんか大げさですけど。

はせおやさい:うん。それ、わかります。ニャートさん、「世間の役に立ちたい」みたいな気持ちが強かったりしますか?

ニャート:役に立ちたいというとおこがましいですけど、自分の手が届く範囲だけでも、今より良い社会になってほしいという気持ちはあります。自分が大変だったから。でも、そういう主張をすると、偽善者に思われて嫌われたりしますけどね(笑)。

はせおやさい:それを上手に使うと、自分の活動のエンジンとしてすごく良い力をもらえるんですけど、間違えると「役に立てていない自分はダメだ!」ってなっちゃいますよね。

たぶん、「レールから外れた自分」を肯定できるのって、ブログを書いて、それが喜ばれることで「外れてる自分でも、ちゃんと何かの役に立てるんだな」って思えたからじゃないかな。

ニャート:そうですね。たとえ少なくても、私のブログを読んで共感してくれる人がいたから、そこに生きがいを感じたのかもしれません。レールから外れた人が、自分の経験を振り返って思いをのべることが、何かにつながるといい、もっとそういう人が出てくるといい、と思いながらブログを書いています。

無理だと思ったら、すぐに逃げて

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逃げたいときはすぐ逃げたほうがいい。致命傷を抱えてしまうと、何年も回復できない(ニャート)

「あなたの選択肢は、いま目の前にあるものだけがすべてではない」と伝えたい(はせおやさい)

 

ニャート:「いつ逃げるべきか」という問題について、私は、たとえ「逃げるのは甘え」といわれても、逃げたいときはすぐ逃げたほうがいいと思っています。なぜなら、私にとってのパニック障害のように、致命傷を抱えてしまうと、何年も回復できないからです。つらい環境でダメージを溜めることは何よりも危険です。

目安として、今までとちがう兆候が出てきたら危ないと思います。例えば私の場合、もともとは病欠をするほうではなかったのに、倒れる1ヶ月前から、どうしても朝起きられなくて遅刻をしたり、電車の中で気持ち悪くなったり、お風呂上りに動悸が止まらなかったりといった兆候はありました。でも、「こんなことで会社を休めない」と頑張り通してしまったのです。

倒れる前に、心療内科で診断書をもらって、休職願を会社に郵送して、会社を休む。このことを忘れないでほしいと思います。

はせおやさい:わたしも同感です。「あ、無理だな」と思ったら、すぐ逃げることを考えたほうがいい。

もちろん経済的な状況とか、自分が思い描いているキャリアパスとか、俯瞰で見ることも必要なんですけど、そこに囚われすぎると、逃げなくてはならないときでも怖くなってしまって身動きが取れなくなる。それよりも、自分の経験でいうと、肉体のアラートに敏感になって、肉体が示す拒否反応に従ったほうがよいなと思いました。ニャートさんのおっしゃるように「起きれない」「気持ちが悪くなる」のは一番わかりやすい兆候で、肉体がその状況を拒否しているサインのひとつだと思います。

それに「逃げる」ためには「辞める」だけでなく「休職」や「異動」のように、選択肢はいろいろあると思うので、自分の肉体がアラートを出し始めたら、すぐ逃げる準備を始めてみる。準備ができたら逆に安心して「いつでも逃げられるんだから、もう少しやってみるか」と少し前向きになれるかもしれないですしね。あなたの選択肢は、いま目の前にあるものだけがすべてではない、というのをこれからも伝えていきたいと思っています。

編集後記

今回お話しいただいたおふたりは、それぞれのブログでも「逃げること」についてしばしば意見を発信されています。それを「不幸の切り売り」と批判する人もいるかもしれません。しかしその文章に共感し、助けられている読者はたくさんいるはずです。今回の対談も、少なからず、苦しんでいる人の力になるのではないでしょうか。

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