INTERVIEW
2016.07.19

谷口信輝×中村真一郎【前編】プロとしての矜持と、仕事に向かうエネルギー

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谷口信輝、45歳。職業、レーシングドライバー。

「スポンサーと契約するというのは、単純にワッペンを付けることではない」

32社ものスポンサーと契約し、レーシングスーツに数多くのワッペンをつける谷口信輝選手はそう語った。企業の看板を背負うプロとしての矜持が、鋭い眼の中にちらつく。

28歳で地元広島から東京に来て、30歳でレーシングドライバーとしてデビュー。市販の自動車を改造して競う「スーパー耐久」に幾度となく出場し、その後レーシングカーで競う「SUPER GT」へとステップアップしながら結果を出してきた。実績だけでなく、物怖じしない人柄も人気を集め、毎日更新するブログはレーシングドライバーとしては飛び抜けたアクセス数を誇る。

ウィンコーポレーション代表、中村真一郎社長が様々な業界の“一流”の仕事人と「仕事」をテーマに語り合う対談。第2回ではレーサーと経営者の熱い思いがぶつかった。

前編では、キャリアスタートから変わらぬ思い、レーサー・谷口信輝の武器、そして休みなく仕事に向かうエネルギーについて聞いた。

車への想いが昇華した。30歳から始めたレース活動。

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中村真一郎(以下、中村):
谷口さんは30歳からレース活動をされたということですが、何故30歳からだったのでしょうか。

谷口信輝(以下、谷口):
僕は28歳になる時に広島から上京してきましたが、元々レーシングドライバーになりたくて上京したというわけではなくて、車の雑誌のドライバーのように、「運転することでお金を稼ぐ」ということをしたかったんです。いわゆる自動車評論家とか、カーオブザイヤー選考委員とか、そういうものになりたかった。

もちろん、最初は仕事の数も少なかったのですが、雑誌ドライバーの仕事をしているうちにレーシングドライバーの人と仕事をする機会が増えていって。あるとき、シートメーカーの方からのお誘いを受けて、アマチュアのためのレースである草レースに出ました。

その草レースでは勝って、その時はただ「面白かったなあ」で終わったんですが、半年後に再び誘われて出場したらまた勝ちまして。そこで、バイクのレースに出ていた頃の思いが再燃して、「レースやりたいなあ」と。そうやって、遊びではなく真剣に、レースに取り組み始めたのが、30歳の頃だったんです。

スポンサーと契約するというのは単純にワッペンを貼ることではない

中村:
プロレーサーを目指す人であれば大抵、小さい頃からカートに乗っているということを聞いたことがありますが、30歳からこの世界に飛び込んで苦労はありませんでしたか。

谷口:
30歳で初めてレースに出るというときには、その資金を集めるために自分で企画書を用意し、あちこちのスポンサーの元に持って行きました。

「僕はこうなりたいです」という“ビジョン”と、「売り上げを上げるには力不足かもしれないけれど、多くの人の目に会社名を触れさせることは一生懸命やります」という“熱意”を相手にぶつけて力を貸してもらえるようお願いをしました。そしてなんとか500万円の資金を集めることができました。

中村:
聞いていて、ビジネスもまったく同じだと思いました。ビジネスの場合は言い訳がたくさんできるので、逃げ道もできるんですね。しかし、「なにかやりたい」というビジョンがあった時は絶対的なアピールをしなければいけない

谷口:
「口説く」という言い方はいやらしく聞こえるかもしれませんが、企画のお話をさせてもらう社長さんには2通りのタイプがいることを考えます。すぐに費用対効果を求めるタイプなのか、それとも頑張っている若者を応援してくれるタイプか。やはり後者の社長の方が苦労していた時のことを知っているから、こちらが口だけじゃない、本気なんだっていうことをぶつけると話を聞いてくれることが多いです。

その一方で、スポンサーを探す選手の側には、スポンサーについてよく理解していない、スポンサーになってもらうことがどういったことなのかを理解していない人もいる。

選手は企業の看板を背負っている立場である以上、その看板に泥を塗るわけにはいかないので日頃の生活態度に気をつけなければいけません。SNSもこれだけすごい時代ですから、なおさら細心の注意を払わなくてはならないと思います。

スポンサーと契約するというのは単純にワッペンやステッカーを貼ることではないと言いたいですね。

レーサー・谷口信輝の強みと、仕事に向かうエネルギー

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中村:
スポンサーを獲得する上で、谷口さんが持っている強みはどんなところだと思いますか?

谷口:
僕の強みは、「人の数」をたくさん持っているところにあります。ブログを見てくれる人の多さも武器なので、スポンサーを獲得する時には僕の発信力の部分をアピールポイントとして使っていますね。

ブログは1日に5万から8万くらいはアクセスがあるんですよ。その背景として、僕はレーシングドライバー、ドリフトドライバーの両方をやっていることに加えてさらにチューニングカーという3つ目の畑があって。この3つのゾーンが僕の戦場なので、どれかひとつだけの人と比べると畑の広さが全然違うんですよ。発信力では、ドライバーの中で1位だと自負しています。

中村:
きっと前から持っていた「車の仕事に携わりたい」という下地があって、その上に経験が蓄積していって谷口さんだけのゾーンを作ってきたんでしょうね。

それに、谷口さんは「仕事を絶対断らない」というポリシーをお持ちだとうかがっていますが、それもまた強みのひとつでしょうね。

谷口:
「絶対断らない」と言えば語弊がありますが、スケジュールが空いている限りは、どんなに忙しかったとしても断りませんね。上京したばかりの、仕事も無かった状態から徐々に仕事が増えていって、今ではスケジュールの空きを確認するようになりました。

あまり、休みたいという感覚はありませんね。目一杯用事を詰め込みたいんですよ。もともとこういう状況を望んでいたわけですから、その夢を叶えたことが、そのまま仕事へのエネルギーとなっていますね。

中村:
私は以前は休日も働いていたのですが、年をとってきてからは土日には休みをとっていますね。それは部下が育ち、環境が整ってきたから。とはいえ、経営者は休日も常に頭の中で仕事をしているんですよ。

「プライベートと仕事をなぜ分けられないの?」とよく言われますが、これは永遠のテーマなんですよ。分けられる人もいますけれど、僕はそれはありえないと思います。

会社は大きくなればなるほど自由も利かないし、不安は増える。社員が増えて楽になることなんかないんです。ただ、 従業員の未来を作るというのは経営者の仕事だと考えています。

対談は、さらに続く。後編では、車を運転することのリスク、人を雇うことのリスク、そして谷口信輝がセカンドキャリアに見据える「本当の願い」について意見が交換された。

【後編】車は凶器だ。運転技術の有無が多くの人生を救う

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