INTERVIEW
2016.09.27

大室正志×中村真一郎【後編】“ストレスチェック”は企業を前進させるのか。これからの健康経営の話

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2015年12月1日、ストレスチェック制度が施行され、従業員が50名以上いる企業はこの検査を実施することが義務化された。

だが、この制度に対して、企業はどのように取り組むべきか。産業医・大室氏は、この制度を「模擬試験」の例えを使って表現した。

「模擬試験は、受けるだけで頭が良くなるわけではない。受けて、その結果をどう使うか」

ストレスチェックは企業に何をもたらすのか。現代人が精神を病みやすい原因とは。日本企業の生産性の低さは何が原因なのか。

産業医・大室正志氏と中村真一郎氏の対談後編では、企業が健康と向き合うことの必要性とリスクについて考えていく。

写真は同友会 春日クリニックにて

前編:大室正志×中村真一郎【前編】現代の職場でうつにならないために。日本人の行動原理は“不安”

社用モバイルは“首輪”。現代の職場が、従業員に求めるものと満たせていないもの

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中村真一郎(中村):
現代は、非常に精神や身体を病みやすい状態になっていますが、この原因はどこにあると思われますか。

大室正志(大室):
原因はいろいろとあると思いますが、3つほど思い当たります。

ひとつは、今は、休む大義名分がなくなっていること。昔のサラリーマンは、遠方に出張に行ったら帰れない。だから夜はしょうがなく福岡に泊まったんですよ。工事の人も雨が降ったらしょうがなく休んでいた。PCもデスクトップのみの時代は、会社を出たら仕事はできなかった。

でも今はその“しょうがなく”の余白が少ない。ラップトップやスマートフォンに生活を埋め尽くされて、“しょうがなく”休めるという状態がないんです。

そもそも、脳波にしても、心電図にしても、睡眠リズムにしても、人の生態に関わる全てのものは“波”を刻んでいます。その波がないというのは非常に不健康な状態です。

例えば、非常に激務である戦略系コンサルの人たちやTV局のドラマの制作部の人たち。彼らはプロジェクト単位で動いているので、“波”があるんです。プロジェクトや撮影の間は激務でも、それが終わればゆるやかな時間もある。もちろんキツイことはキツイですし、身体面も含めやはり過重労働は産業医的には避けていただきたい。しかしこのような業種には「波」があります。このことは今や「相対的にマシな状態」とさえ言えるかもしれません。

現代では、そういった波がなく、ゆるやかに、ときにきつく、連続して仕事をしている人たちが増加しています。これはメンタル(≒脳)に良くないと私は考えます。たとえばPC。たとえスクリーンセーバーとはいえ、ダラダラと「オン」の状態が続くと「重く」なります。脳もそれに似ています。やはり定期的な「シャットダウン」が必要です。寝る前スマホも「脳のシャットダウン」に良くないですね。

中村:
確かに言われてみれば、やろうと思えばいつでもどこでも連続して仕事ができますからね。

大室:
第二に、裁量権要求度の問題があります。人間は働くとき、要求度と、裁量権あるいは報酬という枠の中で仕事をしています。この「報酬」には単に金銭報酬だけではなく、その組織に属することに誇りが持てたり、やりがいを感じられたりする社会的報酬や意味報酬なども含まれます。

例えば、スーパーのレジ打ち業務に求められる要求度は低く、裁量権・報酬も低い。これはこれで要求度と報酬・裁量権のバランスが取れているという意味で「健全」です。一方でソフトバンクの孫正義さんや楽天の三木谷浩史さんのような、要求度は高く、裁量権・報酬がすごく高いケースもあります。一般社員であれば「毎月過重労働面談」に呼ばれるレベルでしょう。ではなぜ元気そうにしているかと言えば、「体力がある」ことも理由でしょうが、やはり「裁量権と報酬が高い」ことが一因に挙げられると思います。

つまり「高い給料で、社会的意義のある自分のやりたいことを自分のやりたいようにやっている状態」だから長時間働ける訳です。普通はこれらが全て揃うことは稀です。またどんな好きな仕事でも長時間働くとバテてしまう人もいますし、もちろん向き不向きはありますが。

その点、良くないのが要求度は高いのに、裁量権が与えられていないケース。昔は外資系企業では部長級以上はブラックベリー(社用携帯のひとつ)を持たせていました。六本木あたりのスタバではよくブラックベリーを触っている人を見かけたものでした。ただ、それは裁量権があってのこと。でもいまは裁量権がない方にまでモバイル機器を持たせているわけです。それは単なる首輪になってしまいます。裁量権と要求度のバランスが崩れているとメンタルを病みやすいです。

そして精神や身体を病みやすい3つ目の原因として、上司は部下がどこでつまずいているか把握できないということ問題が挙げられます。この場合上司の支援が後手後手にまわってしまいます。これは、業務が多岐に渡り、上司が部下のやっていることを可視化できていないためです。昔と違い、上司が過去にやってきた仕事を部下がやるわけではありません。自分がやったことのない仕事を部下がやる……下手をしたら、部下のほうがその仕事に詳しいこともある。そのため、マネジメントでも、上司は部下に対して共感的に接することが難しくなっているのです

ストレスチェックは企業にとって“リスク”か

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中村:
そういった精神的な負担を、従業員が体を壊す前に察知するため、ストレスチェック制度が2015年より導入されました。このストレスチェックはどのように運用されていくべきだと思われますか?

大室:
学生時代、予備校で模擬試験などを受けましたよね?模擬試験は受けるだけで頭が良くなるわけではない。受けて、その結果をどう使うかが、本当に大事なところです。ストレスチェックはそれと同じだと思っています。

もともと日本の大企業はエンゲージメントサーベイなど、ストレスチェックに近いことをおこなっていました。そのように問題意識を持っている企業はすでにやっているのです。逆に、従業員の健康への意識の低い企業は、ストレスチェックをやれと国に言われても“やって終わり”。問題はそこだと私は思います。やるだけに終わらないことを祈っています

中村:
なるほど。確かにうなずけます。では、経営者にとって今回のストレスチェック導入のポイントはなんだと思われますか。

大室
今回のストレスチェックの目的として、厚労省の“公式見解”は「個々人のストレス状態の気づきに利用する」、また会社側は「職場環境の改善に利用する」とされています。

ただ人事労務的な観点で言うと、従業員の精神の健康が害されたとき、それが業務起因性かどうか可視化される材料が1つ増えたことは重要なポイントです。これまでは、従業員の健康が害されて裁判になったとしても、業務起因性かどうかが予見できるとされた点は残業時間や、明らかなパワハラやセクハラなどの場合などに限られました。「証拠」がないので。

今回のストレスチェックでは、高ストレスと判定され、産業医面談を受けた場合、産業医はストレス原因が職場によるものかどうか、職場への改善を求めた方が良いか記載することになっています。

この産業医の意見を放置していて仮にその方がうつ病を発症した場合、会社としては安全配慮義務を果たしていなかったという「証拠」を残すことになります。

だから、もし裁判になった場合、勤怠記録以外の証拠書類になるわけです。なぜこの従業員のストレスに会社が対処していなかったのか、と。これは、経営者側が気をつけたほうがいい点ですね。SOSをあげている従業員に対して、放置をしたら「放置をしていた証拠」が残ります。

中村:
私も経営者の方々とよく話すんですが、まだ始まったばかりなので具体例もない状態です。企業リスクも高まる状態ですよね。それに対する情報も非常に限られている状態。これが年末にかけて変わってくるのでしょうか。

大室:
基本的には今年はこのままだと思います。

近年、厚生労働省が主導しておこなったほとんどの取り組みに言えることですが、役人のインセンティブは“導入”です。古くは「健康日本21」、それから「特定健診・特定保健指導」。導入した人が褒められますが、運用しても褒められない。だから、結果的に形骸化しやすい。

実際のところ、企業リスクという話で言うと、ストレスチェックに対して熱心に取り組まない企業の方が得をしてしまう可能性もあります。高ストレス者やストレス内容が可視化されないので。

本当はそこを労基署がつつかなければならない。真面目にストレスチェックをやって、社員のストレスを可視化させた企業のほうが損をするなんてことがあってはなりません。

“ウェルネス経営”の落とし穴。福利厚生と生産性の因果関係を勘違いしてはいけない

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中村:
今、例えばFiNCさんのような、ITの力を使って健康を可視化しようという企業のサービスの話を聞きます。ただ、決して安くはないので、実例がないと導入に踏み切れないという企業も多いと思います。

大室:
例えば、健康診断でD判定を取ったとしましょう。D判定というのは、簡単に言うと、20年後、30年後に心筋梗塞や脳卒中などになってしまうリスクが高いということですね。

昔は終身雇用制度で、そのリスクを考えなくてはなりませんでした。でも今は平均勤続年数5年以下の企業も多い時代。そういった会社では社会的意義は別として、コレステロールを下げることに取り組むインセンティブは正直昔ほどはありません。

一方若い社員を中心に健康を害してまで働きたくないという感覚が広がっています。ですので、「健康に取り組んでいる企業」ということが採用時にブランディングとして機能する例も出てきています。

私は健康経営的な考え方には概ね賛成する立場です。ただしそれぞれの会社で「社員の健康管理に取り組む意味」をしっかり考える姿勢が重要です。他社の真似とか、なんとなくのブームに乗っかるだけでは社内での定着は期待しにくいと思います。

中村:
確かにそうですね。流行しているからといって、それが必ずしも自社に合っているわけではありませんね。

ただ、経営者として従業員の心と体の健康をないがしろにするのは許されないことですが。

大室:
経営者というのはアクセルを踏んでいる状態だと私は見ています。そのアクセルを踏んだ状態で健康に配慮するというのは難しいと思う。経営者が産業医の意見を無視するのはもちろん駄目ですけれど、ただ従業員の健康に対して過剰に反応するのは、アクセルとブレーキを同時に踏むようなものだということは知っておいて欲しいです。

中村:
社員の健康に過敏になり過ぎることは成長の“ブレーキ”になることもあると。

大室:
オフィスを20時に完全に消灯する企業の創業者に聞いた話ですが、20時退社は元々ベンチャーマインドを持っている従業員の働きすぎを心配しての制度でした。つまり「血気盛んな社員をいさめる制度」だった訳です。しかしその取り組みが有名になってからは、「早く帰れる会社がいい」と「受け身の草食系の社員」が増えてしまったと(笑)。この塩梅が難しい。

中村:
確かに。押しも押されぬ大企業ならまだしも、世の中は大半が中小企業。ベンチャー精神がないと企業は成長しない。そこで過度にディフェンシブになっても良くないかもしれませんね。その辺りは産業医など専門家の意見を参考にしながらいい塩梅を探っていこうと思います。

“いるだけ”で評価される国。日本は無駄が多すぎる。

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中村:
今回、メンタルの話題のほかに生産性についてのお話も聞きましたが、会議を終わらせる時間を厳格にするだけでも、会社は変わるのではないかという印象を抱きました。

大室:
日本は無駄が多すぎるように思います。何社もの外資系企業の産業医を担当して驚いたのが、資料が意外と適当なつくりだったことですね。これ、「内容」ではなく「体裁」の話ですが。もちろん、公の場に出す資料は体裁もしっかり整えていますが、内輪での会議くらいでは結構ベタ打ちなことも多い。伝えるべき内容が備わっていれば、互いにそれで充分なのです。

でも日本の企業の多くではこういう「緩急」が少ない場合が多い。もちろん内容は大事です。しかし、内輪の資料のパワポのフォントやアニメーションに凝っても、生産性は上がりません(笑)。

それから、会議に人が多すぎる傾向があります。「そこにいることが忠誠心の証明」、「皆参加してた会議で決まったことだから責任を取らされなくて済む」といったマインドから変えないといけないですね。典型的な日本企業に勤務する私の友人などは、「うちの上司は“いるだけ力”が強い」とよく言います。これは形式上は参加しなくてはならない会議が多い企業では、ある意味「邪魔しないだけマシ」という、上司に対するシニカルでポジティブな論評ですね(笑)。

中村:
日本は今回のお話のような、従業員をいかにサポートするかという話を聞く機会が少ないと思います。だから非常に勉強になりました。

弱みを見せさせて、不安を読み取って、それを解決してあげると、生産性も上がって、“いい顔”になるということですね。経営に生かしていきたいです。

大室正志:産業医。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社の統括産業医を経て、現在は同友会春日クリニックの産業医室に所属しながら30社以上の嘱託産業医を務める。メンタルヘルス対策など、企業における健康リスク低減に従事。

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